NOVELS Episode 01

the Girl : 01 - 02 - 03 - 04 - to be continued later...

the GIRL : 01

 昼下がりの街にどんよりとした雲が垂れ込める中、人々は好奇の目で、街路に立ち竦む二人の女を見やっていた。
 一人は、年の頃二十歳を超えたあたりで、身の丈百七十センチメートルほどのヒューマンである。ヒューマン種の女性としてはかなりの長身であるものの、その煌々と蒼に輝く両の瞳は、彼女が純正なヒューマンであることを告げている。そして、薄青に染められた木綿地の衣服の上からでも、彼女の細く靭やかな筋肉が見て取れた。
 今一人は、十代の半ばと見られる、これもヒューマンの少女らしく、自身の体格よりやや大きい煤けたコートを身に付けていた。フードを頭からすっぽりと被っており、表情は定かではないが、どうやら気を失っているようであった。それも立ったまま、先の女の胸に顔を埋めて眠っているのである。

「(こ、これは……)」
 エルムには全く驚天動地の出来事であった。
 元来、彼女は子供や小動物が苦手である。嫌いと言うのではなく、どう対処して良いのか分からないのだ。よく見れば、エルムの首筋から顔面にかけては真っ赤に染まっている。
「(頼む、起きろ……)」
 エルムは少女の肩を持って軽く揺さ振るが、現状は一向に好転しない。かと言って、まさか放っておくわけにもゆくまいが、時間を経るごとに見物人は増える一方である。何しろ、聴衆からしてみれば、白昼堂々と道の真中で女二人が抱き合っているように見えるのだから、否が応にも目を引いてしまう。もっとも、本人は目の前の少女に手一杯であり、周囲の様子など全く視界にはなく、また、助けを求める余裕もない。
「(ええい……どうにでもなれッ)」
と、いきなり、少女の脚がふわりと地面から離れた。エルムが両手で少女を抱き抱えたのである。そしてそのまま、群がる人々を掻き分けて、彼女は駆け足で去って行った。
 エルムが少女に遭遇したのは、これが二度目である。とは言うものの、最初の出会いから再会まで一日と時間を経てはいない。それは今朝早く――より正確には、日付が変わり三時間程経過した頃――の事であった。

 その晩、エルムは少々後悔の念を抱いていた。
「(止みそうもないな……)」
 そう見上げた暗天からは大粒の雫が落ち、石畳を激しく打ち据えた。夜空には月星の気配すらなく、数メートル置きに設置された外灯が、闇夜の中にあって息を潜めるように街を照らしていた。
 三十分ほど前にポツポツと降りだした雨は、瞬く間に滝の様相を呈し、不幸にも帰宅途上であったエルムは、建物間に設けられた細い路地の闇に身を置いた。軒を借り、一時の雨を凌ごうと考えたのである。しかし、雨脚は一向にして衰えようとせず、むしろ勢いを増すばかりであった。
 そもそも、この国にあって今の時節は雨季にあたるが、激しい降雨などはほんの数分のみで、後は細い長雨の垂れ続けるのが常であり、そうなれば、エルムは多少の雨など気にせずに歩く。であるから、このように沛然と降り続くことに関して言えば、
「(全く嫌な降り方をされたもの)」
であり、
「(雨宿りなどせずに駆けて帰った方が幾分なりとも良かった)」
と、彼女が思うのも無理はなかった。
 今また、エルムは天の様子を見定めるべく、大通り側へ僅かに身を乗り出そうとしたその時、一人の子供――暗がりではあったが、少なくとも彼女にはそう思えた――が、路地へ飛び込んできたのである。

 不意の来訪者であったが、エルムはその両方を軽く受け止めた。衣服から溢れる雨水が、エルムの指を伝って落ちた。
 子供の方も、まさか誰かが潜んでいようとは思ってもみない。
「きゃッ」
 ほんの一瞬の間があった後、子供は小さな悲鳴を上げ、エルムの手を遮二無二振り払い、奥へ二三歩進んだところでバランスを崩して尻餅をついた。その声の質から、子供は少女であることが知れた。彼女は肩で息をしながらも、緊張に首をすくめ、小刻みに震えている。
 二人は見つめ合ったまま――暗さもあって、少女の目の焦点は確かに定まっていないようであったが――しばしの沈黙が続いた。と、背後の街路に、上空より二つの影が舞い降りた。バードマンである。
 その二人は、エルムを突き除けて路地に押し入った。が、威勢よく先に入ろうとしたバードマンが何かに蹴躓き、前のめりに転んだ。すぐ後ろのもう一人も、勢い余って先のバードマンへ伸し掛るように倒れる。エルムが足を出して引っ掛けたのである。普段、率先して厄介事を引き受けるような彼女ではないが、これは何をどう鑑みても尋常の沙汰でなく、見過ごすわけにもいかない。
「てめぇ、何しやがるッ!」
 上のバードマンが上半身を起こしてエルムを睨みつけた。
「てめぇこそ……何しやがる……」
と、今度は下のバードマンが呻いた。どうやらこちらは、二人とも男のようである。
 上になっていた男は、跳ね起きると、エルムの胸ぐらを掴んだ。
 エルムはと言えば、冷ややかな視線をスッと横に逸らし顎をしゃくってみせた。
 男が振り向くと、先のバードマンは体勢を立て直している最中であったが、すぐそこに座っていたはずの少女は、もういない。闇の方から水を蹴る音は聞こえるものの、それも、だんだんに遠く掠れていく。
 男はもう一度、目線をエルムに戻した。
 彼女の蒼い瞳は、
「急がずとも良いのか?」
と、言いたげである。
 男は軽く舌打ちすると、彼女を乱暴に離して仲間と共に少女の後を追った。
「(何とかならぬこともなかろう)」
 この辺りの裏路地は迷宮さながらの複雑な構造を有しており、ここへ逃げ込むことは、下手に民家へ救援を乞うよりも遥かに安全であると言える。当然、バードマン自慢の翼は無用の長物であった。
 エルムは乱れた胸元を整えると、街路へ出た。
 いつの間にやら雨は綺麗に上がっており、どこからか露の落ちる音が、明けの街に響いた。

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