NOVELS Episode 01

the Girl : 01 - 02 - 03 - 04 - to be continued later...

the GIRL : 02

「さてねぇ……」
 ライラックは、右手の親指と人差指で、顎の下に蓄えた髭を撫でながら、目を細めて呟いた。彼は四十を少し回った頃の人物で、妻のジニアと共に大衆酒場『楽水』を営んでいる。かつては知られた料亭で修行を積んだという噂もあるが、それは店の雰囲気とは些か異なっているようである。そもそもこの近辺は城へと続く大通りからは随分と奥まった箇所に位置しており、料亭などという言葉の響きが似合うような地区ではない。
日々の労働に勤しむ町人らが、分相応の慎ましやかな暮らしを立てていた。その中にあって楽水は、小銭で酒の他に気の利いた小料理も食えるとあって、この界隈では中々の賑わいを見せていたのである。この時刻は開店前とあって、さほど広くはないはずの店内もガランとしている。
 エルムが気を失ったままの少女をこの店に運び入れたのは一時間ほど前のことであった。ライラック夫妻に今朝からの事情を述べ、今は彼女を店の上階に寝かせてある。
 そしてつい先ほど、町医者――名をマルセリノと言う老人――が来診を終え、
「疲れが溜まっておったのでござりましょう。心配は要りませぬよ」
との言葉を残し、帰った所であった。
「あの娘をどうする気なんだね?」
 座敷の隅に座るエルムへ、カウンター越しにライラックが尋ねると、彼女は怪訝そうに眉を顰めた。その変化を敏感に見て取った彼は、続けて言った。
「いやさ、別に放り出そうってんじゃないがね。先生に何か考えでもあるのならと思ってね」
 すると、エルムはライラックから視線を外し、中空を険しい顔付きで睨みつけ、何事か思案を始めた。エルム、沈思黙考の図である。彼には、彼女の唸り声が聞こえてくるかに思えた。とりあえず少女を連れ込んだまでは良いものの、その先の算段などあろうはずのないエルムであり、これは問い掛けたライラックが愚かである。
「ま、もうすぐ自警の親分も来てくれるんだ。悩むのは、それからでも遅くはないさ」
 彼は気楽に述べると、煙管に火を入れた。

 ライラックの妻であるジリアが、少女の着ていた衣類を抱え、階段を下ってきた。切れ長の目と白い肌が麗しい、年増盛りの女である。
「相変わらず、ぐっすり眠ってるよ」
「そうかい、そうかい」
 ライラックは、フッと一息で煙管に残った灰を飛ばすと、それを脇に置いた。
「ん? そいつは何だってんだね?」
 妻の手首に下がっている古いペンダントのような物が、彼の目に止まったのである。
「何だか知らないけど、この服のポケットに入ってたもんさ」
「どれ、ちょっと貸してみな」
 彼はそれを受け取ると、丹念に調べ始めた。切れてはいたが、細いチェーンが通されており、長さから察するに、どうやら首飾りのようである。本体は、くすんだ山吹色をした直径五センチメートルほどの円形で、特別な装飾などはない。裏面も同様であるが、エンボス加工で薄く何かしらの文様が浮かび上がっていた。
「アンタに骨董の目利きが出来るなんて初めて知ったよ。値打ちもんかい?」
「そうかも知れないね。何しろ、こう言うのは大事な物と相場が決まっているからね。おまけに曰くの一つや二つが付きものさ」
 熱心に鑑定した割には、ざっくりとした彼の私見である。
「ともあれ、嬢ちゃんが目を覚ますまで、無くしちゃいけないね」
「アンタなら、質に入れかねないものね」
 ニヤリとする妻に、夫は憮然とした表情を浮かべ、それを眺めていたエルムは笑いを堪えた。

「邪魔するぜ」
と、唐突に楽水の戸を開け、巨体を折り曲げるように入店したのは、リザードマンのグラジオラスであった。身長は、二メートルにも迫ろうかと言う立派な体躯の持ち主で、隆々とした筋肉は周囲を圧倒する。が、本人曰く、
「これでも並のリザードマン」
だそうである。
 彼はこの界隈の治安を維持するために結成された自警団の団長を務めている。元来、それは政府の役目であり、実際に、警邏隊と呼ばれる行政組織が各地へと派遣され、犯罪抑止に力を入れている。しかしながら、帝の直轄でない地域では、その権威も充分でなく、また、貴族の役職でもあるから、町人に対して差別的な態度を取る警邏隊員もあり、住民からの反発は根強い。かと言って、警邏隊が機能しなければ、無法地帯と化した町で難渋するのは町民であるから、両者が歩み寄る形で編成された団体が自警団であった。団員は全て地元の人々で、警邏隊から賃金を受け取り、軽犯罪から殺人までの幅広い捜査を行ったのである。
「わざわざすまないわねぇ。団長さん」
 グラジオラスがカウンター前へ座ると、ジニアはコップに注いだ冷酒を彼に差し出した。
「こいつは遠慮無く」
 グラジオラスは酒を一気に煽ると、口元を手で拭い、大きく一つ長い息をした。
「さて、話を詳しく聞かせてもらおうか」
「うむ、よかろう」
 妙な口調で物語り始めたライラックを尻目に、ジニアは洗い物をまとめて奥へと引っ込んだ。

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