NOVELS Episode 01

the Girl : 01 - 02 - 03 - 04 - to be continued later...

the GIRL : 04

 グラジオラスを見送ったジニアが、店の表戸に臨時休業の札を掛けて戻ったとき、小上がりの片隅では、エルムが申し訳なさそうに小さく三角座りをしていた。一方、反対側の座敷では店主が仰向けに伸びており、時折唸り声のようなものが聞こえるも、気にする者はいない。
「なぁに、構やしないよ。うちの店は気分でやってるようなもんだからさ」
 ジニアはエルムへ優しく声を掛けると、今度は、
「アンタはいつまで寝てんだいッ」
と、手の平で夫の頭を強かに打った。一瞬、彼はビクンと体を震わせたが、それ切り反応は見られない。
「全く、どこまで本気なんだか……」
 溜息をつくジニアに、少し笑みが戻ったエルムは、例の少女の様子を伺うべく立ち上がり、土間へ降りた。この店では、上階は全て畳敷きとなっているため、彼女は階段の下で履物を脱ぐと、急峻な狭い通路を登った。
 エルムが向かったのは、少女の眠る三階である。地上四階地下一階の五層構造を有する楽水では、一階と二階は店舗として機能しており、三階は居住スペース、四階は倉庫で、地下一階は食料などの貯蔵庫となっていた。この国の建築物は、楽水のように高く伸びたものが多く見られる。人口に比して不充分な国土――より正確には、人々の営みに必要なマナの産出される土地――が、高層化を促したのである。都心部には、高さ二十メートルを超える高層建築も珍しいものではなかった。
 三階廊下奥、右手側の一室が目的地であった。
 エルムは、障子に手を掛け、静かに引いた。三畳程の小さな畳部屋に、少女は小さな吐息を立てて眠っている。特に変わった様子もない。
 エルムとしては、少女を助け、楽水へ連れ帰ったのは他ならぬ自分自身であるから、責任をもって最後までその務めを果たそうと決めていた。
 だからと言って、今ここで何をしたいと言うわけでもなく、エルムは少女の傍らに座し、ぼんやりと、その寝顔を眺めた。
 彼女の、粉雪のように白く、細やかな肌は、頬にほんのりと赤みが掛かっており、その無防備な姿と相まって、少女と言うよりは、まるで幼子のような印象を与える。それでいて、長い睫毛と柔らかな眉の対比が、彼女を麗しくも愛らしく見せ、それはまさに、女の魅力たるものに相違なかった。
 気が付けばエルムは、互いの息が掛かろうかと言う程まで、少女に顔を近付けていた。
「(な、何をしておるのだ……私は……)」
 だが、その心とは裏腹に、まるで体は動かない。彼女には、重石を負っているかのように感ぜられた。
 全身の筋肉を強ばらせ、必死に堪えるエルムの耳に、下方より響くジニアの怒声と荒々しい物音が届くと、ふっと、彼女の両肩の荷物は取り払われたのであった。
「(……様子がおかしい)」
 エルムは、両肩で息をしながら、逃げるかのようにその小部屋を後にした。

 戻ったエルムを、ちらと顧みたジニアの顔は、甚だ険しいものであった。行灯に照らされた店内には、二名のみすぼらしい風体に覆面の男らが立っており、周辺の机や椅子は散乱していた。
「あんたらの様な輩に飲ます酒はないんだよッ。とっとと帰んなッ!」
 狼藉者に対しても、ジニアは怯むことなく言葉を発したが、対して彼らは、抜刀をもって返答とした。
 エルムは静かに土間へ降りると、彼女もまた、腰のものを抜き放った。それは先に抜かれた敵方の鈍らとは全く異質の趣を呈しており、青白色に輝く流麗な刀身には薄らと露が浮かんでいる。彼女がその師より拝領せし名刀・村雨であった。
 そして、何時の間にやら復活したライラックが、そうっとカウンターの奥へ手を回し、包丁を握った。
「ジニア、危ねぇから引っ込んでな」
 エルムと言う名人が隣にいるからこその余裕であった。
 そんなお調子者を他所に、ジリジリとにじり寄る侵入者らは、しかれども尚、あと一歩の間を詰めようとはしなかった。
 仄暗い店内に鈍重な空気が漂う中、その均衡を破ったのはエルムであった。何を思ったか、彼女は半歩後ずさると踵を返し、
「ちょ、ちょっと先生ッ!」
と、心強い味方を失い浮き足立つライラックの悲痛な叫びを背に受け、階上を目指して駆け出したのであった。
 これを機とばかりに不審の二名は距離を縮めようとした。だが、その刹那、右方より迫る男の肩に細い棒が突き立った。なんと、カウンター裏へ回ったジニアが鉄串を苦無の様に放ったのだ。
 飛び道具が相手とあっては迂闊には動けぬと、彼らはそれぞれ机と柱の陰に身を寄せた。
 四者はまたしても、膠着状態へと陥ったのである。

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